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(イラスト提供:のとノットアローン)

「欲しい側の妄想」と「作る側の妄想」。2つの妄想をシャープにしながら進められた開発スタイル

のとノットアローン」は、奥能登の子育て応援サービスです。「子育て中の母親たちが孤立しないように」という目的で、市民が主体となり、行政の協力を得ながら作られました。
活動が軌道にのったきっかけは、ママ達が紙に書いた絵(妄想)が、スマホの中で動くアプリとして見た瞬間でした。

ただ、その絵は、ママ達の欲しいものを全て伝えるのではなく、一番欲しい機能だけに絞り、作る側に提出されました。それは、実際に使える動くプロダクトを作ることを重視したからです。そして、作る側も、動くものを見ながら意見を聞いて柔軟に対応したり、追加の要望などを聞くなどしてアップデートされていきました。
聞いていると、ほぼアジャイル開発ですよね。

欲しいものをそのまま全部書き出し伝えてしまうと、実はあまり使わない機能なども盛り込まれており、作る側はがんばった割に報われないことがあります。そうなった時、仕事ではないため、エンジニアがプロジェクトから抜けてしまう危険性がでてしまいます。
欲しい側と作る側。この2つの架け橋となる進行役の存在が、のとノットアローンというプロジェクトでは、大きかったのだと思います。

前編である本稿は、主にのとノットアローンの成り立ちから、その後の広がり方など、サービスを中心にレポートしています。
後編の「モチベーションはそれぞれ。そして変化する」に関しては、メインプレイヤーのモチベーションなど、人にフォーカスをあててレポートしたいと思っています。


のとノットアローンとは

のとノットアローンは、石川県の奥能登地方(輪島市、珠洲市、能登町、穴水町)の子育て応援アプリです。「子育て中の母親たちが孤立しないように」という目的で、市民が主体となり、行政の協力を得ながら作られたウェブアプリです。
具体的には、以下の機能が提供されており、奥能登地方の子育てイベント情報や地図の情報、そして相談先案内が集約されています(詳しくはこちらをご覧ください)
・マップ:公園やお店などの情報を地図上で表示
・イベント:奥能登地方で行われる子育てイベントをカレンダー形式で表示
・相談先案内:厳選した子育て支援場所リスト
掲載情報は、地元のママ達や、行政からもらったデータを手直しして掲載しており、「公園でお弁当を食べる時にはトンビに注意!」といった経験に基づいた公園情報や、ベビーカーやおむつ交換所情報も書かれており、子育てに特化した情報が集約されています。

サービスが作られたきっかけは、2015年9月に行われた「アーバンデータチャレンジ」というオープンデータイベントでのアイデアソンです。その際に「子育て」というテーマに集まったチームで考えたアイデアがこのサービスの骨子となりました。
奥能登で10年以上「みらい子育てネット」の輪島市理事としボランティア活動をしている山上幸美さん、元野々市市職員でありエンジニアでもある多田富喜男さん、能登にIターンしてきた坂井理笑さんという、普段では出会わないような人が出会ったからこそ生まれたサービスといえるかもしれません。
サービスが生まれることがきかっけとなったアイデアソンから、もうすぐで3年目になりますが、プロジェクトは継続しています。昨年は、MashupAwards2016でCivicWave賞を受賞し、アーバンデータチャレンジではアクティビティ部門の金賞も受賞しました。
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(写真提供:のとノットアローン)

現在は、約300名が利用しており、多くの「孤独なママ」を救うサービスとして成長した「のとノットアローン」。先にも記載しましたが、閲覧できる情報の対象は、現在石川県の奥能登地方である、輪島市、珠洲市、能登町、穴水町の2市2町です。
このサービスがないころは、各自治体へ足を運ばなければイベント情報はわかりませんでした。今では、オンラインで奥能登全域のイベントが見られるようになり、自分の住んでいる行政のイベント情報がわかるだけでなく、隣町のイベントも把握できます。2市2町の情報がオンラインで見られることは、輪島市のお茶会に能登町のママが足を運ぶことを可能にしました。
人の行動範囲は必ずしも行政区域とは一致しません。このサービスは、行政区域のルールを超え、市民により多くの選択肢を提供できているサービスの好事例の一つでもあると思います。


複数自治体連携の大変さ

現在は、2市2町が対象となっていますが、最初は輪島市だけでした。
人の行動範囲と自治体区域は必ずしも一致しないため、広域での展開はしたかったものの、「小さくでもまずは動くものを作ることが大切」という考えが坂井さんにあったためです。
チームメンバーの山上さんが長年活動している輪島市であれば、行政職員の方との信頼関係も築けており、イベント情報の協力も仰げ、動くものをはやく作れます。そして、動くものができたら、他の市の人にそれを見せることで、広域への展開を図ったそうです。

他自治体への広がりは、県主催のオープンデータ説明会にて、のとノットアローンの紹介をし、そのイベントにきていた職員にコンタクトをとったとのこと。全ての自治体が最初から協力的だったか?というとそうではありませんが、自治体へのコンタクトの仕方は、10年以上地元で子育て支援活動を続けている山上さんの経験や励ましがとても力になったそうです。

しかし、今では輪島市で開催しているお茶会に、穴水町や能登町の方もくるようになり、そんな隣町から来た人と話をしたところ「ここにくるまで孤独でした。この場にこれてよかった」という声もあったそうです。
また、自治体がお母さんに配る配布物の中に、のとノットアローンのPR名刺を差し込むなどし、サービスを知ってもらいたい奥能登地方のママたちには広く知られるサービスとなっています。

そして、複数自治体を対象とし、隣町との情報を一元化しているこのサービスは、隣街のことはほとんど知らない行政の人たちの意識の広がりにも役立っているそうです。


必要なものに絞り、まずは動くものを!

のとノットアローンは、NPO活動をしていた山上さんの漠然とした「あったらいいな」を、チームみんなで「アイデア」という形に落とし込んだ形から始まりました。アイデアソン後も山上さんは地元のママ達と一緒に「ほしいサービス」を考え、紙に書いていきます。
しかし、エンジニアチームとの橋渡しをしてた坂井さんは、その妄想をそのまま渡さなかったそうです。
ママチームは、月に一度は集まっています。坂井さんはその場に足を運び、ママたちや職員さんで要望をできるだけシャープに、そして具体的にするお手伝いをしました。例えば、「こうなったらいいな」といったことではなく、「このボタンを押したらこうなって欲しい」といった形での要望にするなどです。

でてきた仕様を作る...。仕事みたいでエンジニアは嫌がらないだろうか?なんて思いましたが、ふわっとした要望ではなく、何処をどうしたらどうなるのかという設計がされた状態でエンジニアチームに伝わったためか、一人のエンジニアが3週間でプロトタイプを作ってきたとのこと。
そこからプロジェクトが軌道にのって動き始めたそうです。

プロトタイプを見てママ達は、自分たちの妄想が形になって動いていることにテンションがあがります。そのテンションをエンジニアがみると、次はエンジニアが自分の作ったものが喜ばれていることを目の前にしてテンションがあがります。そんな好循環が生み出されました。
17903895_10212776634441821_5710116969300950936_n(写真提供:のとノットアローン)

エンジニアが妄想だけでプロダクトを作ると、「なぜ利用されないんだ...」問題が発生します。のとノットアローンにはそれがありません。それはママ達が欲しいものを、エンジニアが形にしたサービスだからです。
実は、エンジニアチームで付け足そうとしてくれた高機能や提案や変更があったそうですが、使いこなせなくなることを懸念し、元に戻してもらったこともあったそうです。

NPO活動されている方は「こんなものがあったらいいのに!」というものがたくさんあると思います。しかし、なかなかITを使った解決がされないのが現状かと思います。
車輪の1回目の回転をまわすためのヒントが、のとノットアローンの活動にはあると思っています。それは、「本当に必要なものだけに絞り、まずは動くものを!」というIT開発でいう「アジャイル開発」的進め方であり、それを実行する進行役の存在です。

そして、継続して使われているヒントもこの話の中にはあると思っています。それは、「高機能すぎないこと」。それは、使ってもらうためにも、運用を無理なくするためにも必要なことかと思います。

欲しい側の妄想も、作る側の妄想もシャープにしながら、のとノットアローンの開発はされていました。



伴奏者としてのシビックテックコミュニティ

のとノットアローンは、シビックテックコミュニティ「Code for Kanazawa(以下CfK)」のプロジェクトの一つです。出会いもCfKのイベントであり、2市2町にひろめるきかっけをつくったのもCfKのイベントです。
生み出すきっかけだけでなく、生み出した後のフォローもしています。今回のプロジェクトの取材にあたり、地域コミュニティの重要性に関しても再考させられました。

エンジニアの多田さんは、ほぼ一人でプロトタイプまで作り上げましたが、もともとはフルスタックエンジニアではなく、GitHubも今回のサービスを作ることで学びました。そんな状況でサービス提供する際、質問できる人の存在はとても大きいと思います。
プロトタイプではなく、サービス提供となると、ライセンスの問題などもあり、技術以外の知識も必要になってきます。

また、聞けば教えてくれる。という関係ではありません。サービスへの質問や問い合せがあった際、オンライングループに坂井さんその内容を投げかけると、メインで活動しているメンバーでは苦手そうなところがあれば、「その部分やります!」と手をあげたり、コンテストのプレゼンで東京への交通費が必要になれば「交通費はだしますので是非チャレンジしてきてください」といった、能動的なサポートをしています。
お願いしたらサポートしてくれる。のではなく、伴奏しながらサポートしてくれるこの関係は、お願いをもしやすい環境を作り出しているのだと思います。

CfKのプロジェクトに対する伴走の仕方は、他の地域コミュニティとしても参加になるのではないでしょうか。


こちらの記事には後編があります。
後編の「モチベーションはそれぞれ。そして変化する」に関しては、メインプレイヤーのモチベーションなど、人にフォーカスをあててレポートしています。


蛇足

私が各地を取材している中で思うことは、何か物事が動く際には「よそ者」が起爆剤になることが多いということです。しかし、起爆剤は導火線を伝い、中で着火しないとすぐに燃え尽きてしまいます。プロジェクトが「継続」していくには、地元と関係の深い着火役の人が必要になります。
坂井さんは、Iターンということもあり、能登にとても愛着があるわけではありません。
活動的で客観視のできる坂井さん。そして、地元を愛し現状を変えたいと強く思う山上さん。
のとノットアローンが、今もなお継続して続けられているのは、この2人が揃っていたことがとても重要だと感じました。

というのは、「こんなものがほしい」という気持ちの強い人ばかりだと、要望ばかりになってしまい、優先順位をつけて段階的にすすめていくことが難しいからです。スタートするために必要な人と、継続するために必要な人。
そんなチームバランスも兼ね備えていたように思います。

プロジェクト開始から数年がたった今、それぞれの役割もまた変わってきそうな予感です。



著者プロフィール:鈴木まなみ(@rin2tree
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CivicWave運営メンバーの一人。
2歩先の未来をよむブログメディア「TheWave」の湯川塾の事務局を務め、テクノロジーの最新動向をウォッチしながら、コミュニティ運営や執筆活動中。
また、MashupAwards8〜11の事務局を務め、内外のコミュニケーション全般を担当。