13530371_958906260887124_1310036558_n

課題が先にあり、それを解決するためのテクノロジー活用

「ごめんくださーい。村井さーん、いらっしゃいますかー?」
そういいながら、限界集落に一人で住んでいるお年寄りの家の玄関をあけているのは、鹿児島県肝付町役場につとめる保健師の能勢佳子さんです。

「地域包括ケアシステム」って知っていますか?
地域包括ケアシステムとは、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるようにする、地域の包括的な支援・サービス提供体制のことです。
対象者は高齢者だけでなく、高齢者を支援している人たちも対象になります。

そんな地域包括ケアの現場では様々な課題があり、テクノロジーでその課題を解決できないか?と悪戦苦闘している人がいます。それが能勢さんです。

「テクノロージが苦手」という能勢さんですが、保健師という職業柄、「人の心の変化」に敏感です。
そんな能勢さんだからこそ行き着いた、テクノロジーを暮らしの中で利用している事例について紹介したいと思います。
今回紹介する事例は、自分達のサービスを「市民の方に利用してもらうにはどうしたらいいのか?」と悩んでいる人達の一つの解になると思っています。

この記事は「CIVICTECHFORUM2016」にお話していただいた内容と同様のものも含まれますが、独自に取材した内容も追加しています。


課題が先にあり、それを解決するためのテレビ電話

3.11の東日本大震災の際、能勢さんは津波の心配があるとテレビで知り、限界集落のお年寄り一人ひとりに電話をかけて避難するように伝えました。ただ、全員に電話できた時は、津波の到達時間だったとのこと。幸いなことに津波はこなかったのですが、その経験から、
ー遠くに住んでいる市民との距離を縮める連絡手段を持たないと、守りたい人を守れない
ーいまやりとりしている地域の人達の地域のつながりを作りたい
と思い、そんな課題を抱えている時に、テレビ電話に出合ったのです。

最初は、「そんな簡単に人と人の顔をつなぐことなんて出来ない」と否定的だった能勢さん。
ただ、実際に見せてもらったところ、「顔が見える感覚はとてもいいな」と実感したのです。
電話は、耳が遠いお年寄りには鳴っていることを気付かないことがります。また、聞き取れないため、電話から遠のいている方もいます。テレビ電話の力についてこう教えてくれました。
能勢さん:映像は、聞こえなくても身振り手振りもできます。何より「人の中に入っていける力」があると思いました。


活用のポイントは"会いたいなぁという気持ち"と”日常に取り入れてもらうこと”

テレビ電話の力を確信したものの、次は「どのように運用すべきか?」について悩みました。

相手をずっと見張るようなことはしたくなかったので、タッチパネルや映像配信などを利用し、日々の暮らしの中で自然と接してもらう形で導入しました。
例えば、”おはようタッチ”というものを作り、毎朝タッチしてもらいます。そして、会いに行った時には、「最近は朝起きるの遅いね」「タッチしてくれてありがとう」など見ていることがわかるような会話をしました。
また10時と15時に介護予防のための体操を定期配信し、その体操には、ボランティアできてくれた学生に出演してもらいました。そうすると、以前会った学生の体操を見るのが楽しみでテレビ電話に触れてもらえます。
大切なことは、知っている人が知っている言葉で情報を伝えること。

日頃の生活の中でテレビ電話を使ってもらえれば、いざというときに連絡することが可能になります。

このような工夫が実り、どうしても苦手だといわれる1名以外は全員テレビ電話を利用しています。導入当初、お年寄りのみなさんは画面に映るのが恥ずかしく、テレビ電話なのに隠れながら話していたとのですが、導入から5年たったいま、「テレビ電話が壊れると不安になる」といわれ、不具合が長くなると怒られるほど、生活の中に入り込んでいます。

CIVICTECHFORUM2016の講演では、導入の際の重要なポイントも教えてくれました。
P1760580
能勢さん:重要なのは、”会いたいなぁという気持ち”と、”日常に取り入れること”です。解決できるツールには”馴染み”がどこかに必要で、新しい物には”共に過ごす時間”が必要です。
暮らしの中にはいってこれなければ、それって活きた技術じゃないと思っています。

この事例は、「テレビ電話という技術があるけどそれを何に使おう?」ではなく、課題が先にあって、それを解決するためにテレビ電話という手段を選んだという形で実現しています。テレビ電話の導入の目的は、「いざというときに連絡が取れる距離を作ること」です。
課題を解決したいために導入したテレビ電話は、使ってもらわなければ意味がありません。

導入後の「利用してもらうための工夫」に関して、テクノロジーに詳しい人間では理解できない、学ぶべき点が多数あったのではないでしょうか。

先日のCIVICTECHRFORUM2016で、ローカルでテクノロジーを活用してもらうには、「UIよりも運用が大切」とリクルートの麻生さんも語っていました。
肝付町の事例からも、テクノロジーは提供するだけでは価値がなく、それを利用してもらってはじめて価値が生まれるため、運用(利用者に寄り添う人)がとても大切ということがわかります。


問題の背景に潜む問題に、どうアプローチをするのか?を日頃から考える仕事

能勢さんは「保健師」。
例えば、感染症が流行った際、ドクターや看護師の役割は患者の手当です。公衆衛生看護師である保健師の役割は、なぜそれが起こっているのかを考えることです。
水が汚れていたから蔓延したのであれば、水をどう綺麗にするのか?を考えるのが役割です。
つまり、「表に出ている問題の背景に潜む問題に、どうアプローチするのか?」を日頃から考える仕事です。

能勢さんは、月に1度、車で1時間かけて「大浦集落」という限界集落に住んでいるお年寄りの様子を見に行きます。そんな能勢さんのお仕事に、1日だけ密着取材させてもらったのですが、その集落にいく道中、車の中でも、日頃と違ったことはないか?と、自然の小さな変化さえも見過ごさないように観察している様子が伺えました。
DSC_1186 DSC_1188

そういう能勢さんだからこそ、ITを身近にするアイデアが生まれたのだと思います。

もうひとつ幸運だったのは、肝付町では2010年に町内全域に光ファイバー網(はやぶさネット)の整備され、翌年から運用が開始されていました。

能勢さん自身はITに疎く、「ITはよくわかりません」といいます。そんなITに弱い保健師である能勢さんが、なぜテクノロジーを活用しようと思いついたのでしょうか?
能勢さん:人の手ではどうしようもないときに、「何があれば解決できるのか?」を常に考えています。「使える手段があるならなんでも使いたい」と思う自分に、自ずとテクノロジーとの関わりができただけです。

現場の課題をたくさん知り、運用に寄り添える人と、テクノロジーに詳しい人との接点が多くなれば...暮らしの中で活かされる技術が多く生まれる気がしています。


CIVICTECHFORUM2016の動画では、実際に能勢さんのお話を聞けますので、ご興味のある方は是非そちらもご覧になってみてください。
後編では、肝付役場がやっている事業の一つ「共創のまち肝付」について紹介したいと思います。
 →誰かを応援することが、高齢者の活きる力につながる/肝付町役場(後編)


━━蛇足(めんどくさいこというよ)━━━━━━
肝付町での取組は、2人のキーパーソンがいます。1人は今回紹介した能勢さんですが、もう1人は情報政策係の中窪さんという、光ファイバーを肝付町に引いた人です。
中窪さんは、ITに詳しく、最新動向にも興味を持っています。そして、肝付町以外の活動にも積極的に顔を出し、外との接点を多く持っています。そして、出会った人を肝付町にいろんな理由をつけて連れていき、能勢さんに会わせます。

肝付町の活動が活発になったのは、能勢さんが福祉課との兼任の状態で企画調整課に移動になり、同課の情報政策係(中窪さんの所属している課)と協働しやすくなったことだと思っています。
現場を知る能勢さんと、外との接点を多く持つ中窪さんがタッグを組んだことで、うまく回転し始めたのだと話を聞き、感じました。
能勢さんがいるからこそ、中窪さんは外の活動に集中できるともおっしゃっていました。

各地域で活動している人にヒアリングをすると、「自分がぬけると活動がとまる」など、ひとりで頑張っている人を多く見かけます。
ただ、活動が継続し、まわりはじめているところには、必ずキーパーソンが複数います。自分とは違う能力をもった人とタッグを組むことは、ローカル活動においてとても重要なことだと思っています。