ちょうど一年ほど前、「シビックテックとは何か?」について自分の思いを書かせていただきました。

このときは、「テクノロジーを活用しながら自分たちの身のまわりの課題を自分たちで解決していこう」という考え方やムーブメントを意味する言葉と説明させていただきました。シンプルではありますが、「シビックテックとは何か?」への答を自分なりにまとめたつもりです。

シビックテックというアイデアも着実に広がってきています。各地域でテクノロジーによるボランティア活動を行うブリゲイド(Code for XX)を名乗る団体だけでも、昨年は50程度だったものがすでに70を超え、シビックテック的な活動を行う他の団体まで含めれば、日本全国に根付きつつあるといえるでしょう。

シビックテック活動への誤解

ただ、活動がひろがっていくにつれて若干誤解をされているなと感じる部分もでてきました。よくあるのはこのようなものです。

一.無料でWebサイト(アプリ)を作ってくれるんですよね。
二.全国のブリゲイドの方にご協力いただきたいので、Code for Japanに連絡させていただきます。
三.(自治体から)地元にブリゲイドを立ち上げたいのですが、Code for Japanさんに調整をお願いしても良いでしょうか?

こういう誤解を聞くと、シビックテックはやっぱりまだまだお伝えしきれていないなと思います。

シビックテック活動のスタイル

まず、一番目は完全な誤解です。なぜなら、シビックテックは「自分たちの身のまわりの課題を自分たちで解決していこう」という趣旨だからです。誰かが誰かに問題を丸投げするというようなものではありません。

でも、二・三番目のものについてはなぜ誤解なのか若干、補足が必要ですね。これは「シビックテックとは何か?」の中では説明していなかったことだからです。シビックテックは自由なハッカー文化や起業家文化であふれる西海岸から始まったということもあって、たんにテクノロジーをボランティアで提供するNPOと理解すると十分ではありません。シビックテックにはオープンソースの考え方が流れています。その文化がなければシビックテックとは言えないのです。

では、オープンソース文化とは何でしょうか?オープンソースをとても端的に表した文章にエリック・レイモンドというハッカーが書いた「伽藍とバザール」という有名な文章があります。ご興味があればお読みいただきたいのですが、そのエリック・レイモンドさんが言うオープンソースの定義は

「オープンソースの背景となる考え方はとてもシンプルだ。インターネット上のプログラマが、ソフトウェアのソースコードを読み、修正し、再配布できるとすれば、ソフトウェアは進化するのだ」


です。ここで、ソフトウェアを社会、プログラマーを市民などに読み替えればどうなるでしょうか?

「シビックテックの背景となる考え方はとてもシンプルだ。市民自身が社会の仕組みを調べ、修正し、それを広めることができるとすれば、社会は進化するのだ」


つまり、シビックテックは中央で誰かが決定したものに従うという社会から市民自身が課題に気づき解決策を自分たちで実現する社会への方向転換を目指す活動でもあるのです。

・脱中央集権で分散化した活動
・課題に関わる人全員が能動的に参加すること。受益者と提供者に分かれるのではない。
・おもしろい問題を解決するには、まず自分にとっておもしろい問題を見つけることから始めよう

のようなスタイルでの活動となります。

分散型活動とのうまいつきあい方

Code for の活動は中央集権のテック・ボランティアではないですし、それを目指しているわけでもありません。従来の中央集権型の構造に支えられた会社や官僚組織のようなものとは違うスタイルでの活動なのです。(そのような組織形態が悪いというわけではありません。あくまでも、シビックテック活動が中央集権ではなく分散型だということです。)
Code for が中央集権であるという前提のアプローチ、二・三番目のような問い合わせは誤解だということはお分かりになるでしょう。

ですから、もしCode for 活動を行っているグループと一緒に何かやってみよう、どういったものかを知りたいという場合は、地元のブリゲイドにコンタクトを取ってみてください。地元の課題を熟知したメンバーが地元にあったやり方で相談にのることが出来るでしょう。もし、地元にブリゲイドが無ければ近隣のブリゲイドに連絡してみてください。現場のことは現場が知るです。

中央集権型のやり方は一見、効率的に課題を解決できそうにも感じますが、課題自体を深く知るところからはじめなければいけないシビックテックの世界では、残念ながらうまくいきません。頭で考えているだけでは、真の課題や解決策は目に見えてこないのです。現場を細かく観察し、理屈だけではなく人々の気持ちに寄りそった形での解決が必要とされるからです。

東京にあるCode for Japan自体は各地のブリゲイドをつなぐための、縁の下の力持ちであり、それ自身で課題を解決するわけではありません。ノウハウや知識についても中央に集まっているのではなく、各地のブリゲイドが持っています。Code for Japanはただそれを流通させるためのハブなのです。

繰り返しになりますが、具体的な課題を相談したい、何か一緒に面白いことが出来るのではないか、(支援をしたいというお申し出も)と思った方は是非、地元のブリゲイドにご連絡ください。リアルに顔をつきあわせて、リアルな課題をご一緒に考えていければと思います。

このようなやり方で、時には、進捗が遅いと感じられるかもしれませんし、解決に対して近づいて行けているのか不安に思う時があるかもしれません。でも、イノベーションをおこし真の解決に近づくにはこの方法しかないと考えています。急がば回れです。是非、このプロセスを一緒に楽しみましょう。

「みんなで考え、みんなでつくる」


という、Code for Japanの標語はそんな活動のスタイルも表現しているのです。